伊藤計劃『ハーモニー』

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

ハーモニー (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

あらすじ

〈大災禍〉と呼ばれた混乱が世界を覆ってから数十年。その反動として人類は高度な技術、そして高度な個人管理を前提とした、「親切」を旨とする福祉厚生社会〈生府〉を形成した。

三人の少女。この社会から抜け出すために一緒に死ぬことを提案した「ミァハ」、それを受け入れた「トァン」「キアン」。そして「ミァハ」は死に、二人は生き残る。13年後「キアン」は社会に順応して暮らし、「トァン」は生府社会から逃れるためWHOの上級監察官として戦場でちょっとした堕落に身を委ねていた。 

二人は日本で再会するが、「キアン」は突然「トァン」の目の前でテーブルナイフを喉に突き立てた。同日同刻、6582人もの人間が自殺を図っていた。
その日から世界を庇護していた〈ハーモニー〉は危機に陥り、そして「トァン」はその影に故人のはずの「ミァハ」の存在がちらついているのを感じ、一人調査を開始する。


・・とまあ、へたっぴにまとめてみました(笑)。

前日のエントリでは百合っぽいと書きましたが、雰囲気があるのは序盤限定でした。百合っぽい小説といっても「マリア様がみてる」も読んでない自分が思い浮かべるのが(前にも書きましたが)「魍魎の匣」か「絡新婦の理」、となぜか京極作品ばかり。他にどんなのがあるだろう・・?

そんなわけで

魍魎の匣」からのイメージで主人公のトァンは最終的に「ミァハ」の方向性を継ぐ、というか意識的もしくは無意識ながら模倣する者になるのではないかなあとはじめは予想していました。表紙が点対称な構図であるのもそう思った理由なんですが・・さて。 

privacy≠「自由な私生活」。 the word "privacy" has become..

〈生府〉の世界では物体・人物に付随するメタ情報を現実の視界に重ね合わせて表示するなどさまざまな機能を持つ(おそらく)コンタクトの形をした〈拡張現実(オーグメンテッド・リアリティ、略してオーグ)〉という物をほとんどすべての社会構成員が常時利用しています。

そこでは目に映った人間の名前はもちろん所属する職業や明確化された社会的評価まで表示され視ることができるという、こちらの世界からすればとんでもない世界。それゆえ常識というのも色々異なってきます。こちらの世界では欠かせない"ある物"も廃れているそうだし、「プライバシー」という日常使う言葉の意味さえこの時代では変容して、あるニュアンスを獲得しています。SFにはつきものだけど、やっぱり作中のこういったディテールがとりわけ面白い。

何はともあれ、現在用いられる意味での「プライバシー」はほとんど消滅した世界。<生府>を構成するリソースとして、人ごみの中に埋もれる安心感を得ることなどもはあり得なくて、人ごみに飲まれる不安感に襲われることもないだろう。人通りの多い道で倒れこんでいても遠巻きに眺めるような都会的なクールさはこの社会ではあり得なくて、間違いなく誰かが「大丈夫ですか?」と駆け寄るだろう。そんな理想的な社会なのに一部の人間をさいなむ違和感。<生府>を構成するリソース=資源であるということは、自分は自分のものではなく、自分の所有権は社会に移行しているのだ。

あらゆる疾病が駆逐されたわけだが

体内環境をリアルタイムで監視して異常の芽をいち早く取り除く。
老衰でしか人は死ななくなった時代。癌や糖尿病や心臓病、あらゆる病気が人間から無縁になった世界。
それでもその世界の人間に残された最後の疾病とは?

SF的先進医療の話と思って読み進めたのですが、気付けば思わぬ方向に話がころがっていった。糖尿病の起源の話は有名だけど、それから病気とは?人間とは?進化とは?という根源的な問いに、ページをめくるごとに次々とそこに新たな答えを見出してく。

人間の本質にまっすぐに切り込んでいった作品、といえるんじゃないでしょうか。というかここまでど真ん中なアプローチって、なかなか無い気がする。

結論としてかなり

オススメです。